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東京地方裁判所 平成6年(ワ)16962号 判決

主文

一  被告は、原告須藤幸彦に対し、金七七万二七八六円及びこれに対する平成六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告株式会社ひまわりに対し、金五三万円及びこれに対する平成六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、補助参加によって生じた部分はこれを三分し、その一を補助参加人の負担とし、その二を原告株式会社ひまわりの負担とし、その余の訴訟費用はこれを七分し、その一を被告の負担とし、その六を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告須藤幸彦に対し、七一四万九〇五四円及びこれに対する平成六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告株式会社ひまわりに対し、二三五万五五五二円及びこれに対する平成六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告須藤幸彦(以下「原告須藤」という。)が被告経営の旅館に宿泊していたところ、右旅館の前面にある丘陵が崩れ、原告株式会社ひまわり(以下「原告会社」という。)所有の自動車が土砂に埋もれたとして、原告会社が、被告に対し、土地工作物責任、場屋営業者の責任又は宿泊契約に基づく善管注意義務違反による責任を理由として、損害賠償を請求し、また、原告須藤が、右旅館内の便所において負傷したとして、被告に対し、宿泊契約に伴う安全配慮義務違反による債務不履行を理由として、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1 当事者

原告会社は、損害保険代理店業等を行う会社であり、原告須藤は、原告会社の代表取締役である。

被告は、肩書住所地において旅館業を営む会社である。

2 本件崩落事故の発生

原告須藤が、平成五年一一月一三日、被告の経営する「吹の湯」(以下「被告旅館」という。)に投宿したところ、翌一四日午前六時ころ、豪雨があり、被告旅館の前面にある「御幸山」丘陵の一部(以下「本件丘陵部分」という。)が崩落した(以下「本件崩落事故」という。)。

このとき、被告旅館前に駐車してあった原告会社所有の自動車(トヨタ・クラウンマジェスタ。以下「本件車両」という。)に土砂が被さり、破損した。

3 本件転倒事故の発生

原告須藤は、右同日、被告旅館二階内の便所(以下「本件便所」という。)において、転倒し、負傷した(以下「本件転倒事故」という。)。

三  争点

1 本件崩落事故に関する被告の責任

(原告会社の主張)

(一) 土地工作物の占有者の責任

被告は、本件崩落事故当時、本件丘陵部分を占有し、植木等に給水するために本件丘陵部分に塩化ビニール管を埋設していた。本件崩落事故の原因は、折から豪雨があり、そのため右塩化ビニール管が破裂し、そこから大量の水が噴出したことにあるところ、右塩化ビニール管は、大量に降雨した際に破裂する危険があったにもかかわらず、これを防止する措置が執られていなかった。また、本件丘陵部分には本件のように崩落する危険性があったにもかかわらず、土留めのための擁壁等は設置されていなかった。

被告は、本件丘陵部分に樹木等を植栽し、あたかも被告旅館の築山のように手入れをして、塩化ビニール管を埋設していたのであるから、本件丘陵部分及び塩化ビニール管は土地の工作物に当たり、被告はこれを占有していた。

したがって、被告は、瑕疵ある工作物の占有者として、民法七一七条に基づき、原告会社が本件崩落事故によって本件車両について被った後記損害について賠償する責任がある。

(二) 場屋営業者の責任

仮に被告の土地工作物責任が認められないとしても、被告旅館では、自動車によって来訪した宿泊客に対してその自動車の鍵を預けるよう求めており、原告須藤は、これに従って本件車両の鍵を被告旅館のフロントに預けたのであるから、本件車両は、被告が客より寄託を受けた物品に当たる。

したがって、被告は、商法五九四条に基づき、本件車両の後記損害について賠償する責任がある。

(三) 宿泊契約に基づく善管注意義務違反

前記のとおり、被告は、宿泊客である原告須藤が運転してきた車両の鍵を預かっており、宿泊契約に基づいて、右車両を安全に保管することについて寄託に関する規定の準用により、善良なる管理者の注意義務を負う。

すなわち、具体的には、被告は、駐車場を落下物の危険のないところに設置し、崖等に接する場合には土留め工事等を完備すべきであり、また、災害等の発生に備えて、宿泊客が鍵を持ち出せるようにしておくべきであった。しかるに、被告はこれらの義務を怠ったため、原告会社に対し後記損害を被らせたものである。

(被告の主張)

(一) 土地工作物責任について

(1) 被告は、本件丘陵部分に塩化ビニール管を埋設しておらず、また、本件丘陵部分は、自然物の一部であって土地の工作物には当たらない。

また、被告は本件丘陵部分を所有しているが、これをいわき市に対して都市公園の一部として提供しており、占有管理をしていない。

(2) 被告旅館の所在するいわき市営磐地区では、平成五年一一月一三日夜半から翌一四日早朝にかけて集中豪雨があり、総雨量は二三五ミリメートルに達し、そのうち一四日午前四時から午前七時までの間の降雨量は一五三ミリメートルであった。

本件崩落事故は、このような稀有な災害に起因し、不可抗力によるものである。

(二) 場屋営業者の責任について

右(一)(2)のとおり、本件崩落事故は不可抗力によるものである。

(三) 宿泊契約に基づく善管注意義務違反について

被告は、宿泊客に対して駐車場を貸しているだけであり、宿泊契約に基づいてその車両を保管すべき義務を負わない。

およそ旅館ないしホテルについて、すべからく屋根等の設備がある駐車場を要求することは、現状においては過重な負担を強いるものであるから、被告には原告会社主張の注意義務は存しない。

また、前記(一)(2)のとおり、本件崩落事故は不可抗力によるものである。

(補助参加人の主張)

(一) 被告の主張(一)のとおり、本件丘陵部分は土地の工作物には当たらず、また、被告はこれを占有管理していない。

また、本件崩落事故の原因となった集中豪雨により、いわき地方では、多大の人的及び物的被害が出て、災害救助法が適用されるほどであった。本件崩落事故は、このような稀有な自然災害に起因し、不可抗力によるものであるというべきであり、少なくとも善良な管理者の注意をもってしても防止できなかったものである。

(二) 被告は、宿泊客に対してその便宜を図るために駐車場を貸しており、宿泊客が多いときにその自動車の鍵を預かり、箱に入れてフロントのカウンターの下に保管しているだけであるから、被告は、本件車両又はその鍵の寄託を受けていたのではない。

また、原告須藤は、本件崩落事故発生当時、右カウンターから速やかに本件車両の鍵を持ち出したり、又は被告旅館の夜警員から右鍵の交付を受けたりすることができた。したがって、本件車両の損害は、原告須藤の過失によるものであり、仮に被告に賠償責任が発生するとしても、過失相殺を行うのが相当である。

2 原告会社の損害

(原告会社の主張)

本件車両は、平成五年九月二九日に新規登録され、同年一〇月初旬に納車された新車であるところ、本件崩落事故当時の評価額は五七八万〇七五二円である。本件車両は、土砂に埋まり、搬出の見通しがつかなかったため、原告会社は業務の必要から平成五年一一月一七日に同車種の乗用自動車を購入し、この際、自賠責保険料として四万三八〇〇円を支出した。搬出された本件車両については、本質的構造部分に損傷を生じており、修理代金八九万三六八七円(うち自己負担分は三万円)で修理した後、代金三四九万九〇〇〇円で売却した。

したがって、原告会社の被った損害額は、右評価額五七八万〇七五二円から売却価額三四九万九〇〇〇円を控除した二二八万七五二円に、右修理代の自己負担分と自賠責保険料を加えた合計二三五万五五五二円である。

(補助参加人の主張)

本件車両の修理代は、本件崩落事故当時の価額を大きく下回っていたから、新車購入に関する費用は損害として認められず、また、評価損についても修理を前提とするそれにとどまる。

3 本件転倒事故に関する被告の責任

(原告須藤の主張)

(一) 本件転倒事故の態様

原告須藤は、平成五年一一月一四日午前一一時ころ、本件便所に入ったところ、床に水が残っており、これに足を滑らせ、中腰の姿勢になったままの状態で滑って手洗い台の下に腰から先に入ってしまった。その際、原告須藤は、不自然な姿勢であったため、体重が足にかかり、左外踝骨折及び腰部打撲の傷害を負った。

(二) 被告の責任

被告は、原告須藤との間の宿泊契約に基づき、被告旅館内の各施設について宿泊客が安全に利用できる状態にしておくべき安全配慮義務を負っていたのであるから、被告旅館内の便所を清掃し、仮にその床面が濡れて滑りやすい危険な状態であれば、使用禁止である旨表示すべきであった。

ところが、被告は、これらの義務を怠り、清掃が不十分であっただけでなく、使用禁止の表示を設置せず、右安全配慮義務を怠ったのであるから、原告須藤が本件転倒事故によって被った後記損害を賠償する責任がある。

(被告の主張)

被告は、本件転倒事故の発生した午前一一時ころまでには、当該便所の清掃を終えており、本件便所は通常の利用に支障がない状態であった。

このこと及び原告須藤の事故後の言動からすれば、本件転倒事故は原告須藤の自己過失によるものであって、被告に損害賠償責任はない。

4 原告須藤の損害

(原告須藤の主張)

原告須藤は、本件転倒事故の当日である平成五年一一月一四日から同月二四日まで、のざわ整形外科に入院し、翌二五日から平成六年四月八日まで、伊奈中央病院において入院治療を受けた。その後、同月九日から同年六月三〇日まで、同病院及び藤木治療院において通院治療を続けた。

原告須藤は、右治療によって、次のとおり少なくとも合計七一四万九〇五四円の損害を被った。

(1) 治療費 七七万四一三〇円

(2) 入院雑費 一九万一一〇〇円(日額一三〇〇円として一四七日分)

(3) 休業損害 一二〇万円

(4) 慰謝料 四九八万三八二四円(ただし、五〇〇万円の一部)

(被告の主張)

仮に本件便所の床面が濡れていたとしても、原告須藤は、健康な成年男子であり健常な身体を有していたのであるから、その状況を把握しこれに対処することが十分に可能であった。したがって、本件転倒事故は、原告須藤の注意不足に起因するものであり、過失相殺をすべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件崩落事故に関する被告の責任)について

1 まず、原告会社は、被告が本件丘陵部分を占有していたとして、土地工作物責任を負うと主張するところ、確かに《証拠略》によれば、被告が御幸山公園の一部について植木等を植栽していることが認められる。しかし、一方で、《証拠略》によれば、崩落した本件丘陵部分は、被告がいわき市との間で昭和五三年八月二五日に使用貸借契約を結び、同市に対し公園として無償で提供していること、右崩落した部分については、いわき市がこれを管理していること、被告が被告旅館の庭園のごとく植木等を植栽しているのは本件崩落事故の生じた部分ではないことが認められる。

右事実からすれば、被告は、本件崩落事故が生じた本件丘陵部分を占有するものということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、被告が土地工作物の占有者として損害賠償責任を負うとする原告会社の主張は理由がない。

2 次に、場屋営業者の寄託責任について検討する。

《証拠略》によれば、被告旅館においては、玄関前及び玄関下に駐車場を有し、宿泊客が多いときにはその運転してきた自動車の鍵を預かることとしていること、原告会社の代表者である原告須藤は、被告旅館で開催された取引先の社員研修会に出席するため、原告会社所有の本件車両を運転して被告旅館に到着し、宿泊したが、その際、被告旅館のフロントに本件車両の鍵を預け、被告はこれを受け取ったことが認められる。

そして、旅館経営者が宿泊客に対してその敷地内に自動車を駐車させること自体は、宿泊客に対するサービスの側面があることは否定し得ないとしても、その鍵を預かることによって、単に駐車場を提供するという以上に、旅館経営者が駐車車両を整理のため適宜移動させることのできる側面があると考えられる。

このような事実によれば、原告須藤は、被告との間で宿泊契約を締結した際、原告会社の代表者として、被告に対し、本件車両を保管することを依頼し、一方、被告は、その鍵を受け取ることによって本件車両を支配下に置いてこれを保管したのであるから、原告会社は被告に対して本件車両を寄託したというべきである。

そうすると、被告が客の来集を目的とする旅店である旅館を経営するものであることは、前記のとおり争いがないから、被告は、商法五九四条に基づき、その営業の範囲内において客から寄託を受けた本件車両に損害が生じた以上、これを賠償する責任を負うというべきである。

3(一) ところで、被告は、本件崩落事故は不可抗力によるものであると主張するので、同事故の発生状況について検討すると、《証拠略》によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(1) 被告旅館の所在するいわき市常磐地区では、平成五年一一月一三日から翌一四日にかけて集中豪雨があり、降雨量は二五七ミリメートルに達し、そのうち一四日午前四時から午前七時までの降雨量は一五二ミリメートルであった。

(2) 被告旅館の玄関前面から東側にかけては、駐車場ないし中庭を隔てて御幸山公園という丘陵があって傾斜地になっていたところ、同月一四日午前六時ころ、地響きとともに被告旅館東館前面の傾斜地である本件丘陵部分が崩落し、草木及び土砂が崩れた。

(3) 本件車両は、被告旅館玄関前に駐車されていたが、その後部で土砂崩れが生じたため、他に駐車してあった車両とともに、土砂によって徐々に前方に押し出されたあげく、その車体後部に土砂が覆い被さった。

(4) この間、原告須藤は、地響きのような音に気づき、土砂が本件車両に向かって崩れてきていることに驚き、本件車両を移動させようとして客室からフロントに赴いたが、早朝でフロントやその付近には誰もいなかったため、鍵を入手することができなかった。原告須藤が見ている間に、本件丘陵部分が徐々に崩れ、土砂がだんだんと駐車車両に被さった。

(5) 本件丘陵部分が崩落したのは大正一二年九月以来初めてであり、御幸山公園では、本件崩落事故のほか大規模なものを併せて九件の土砂崩れが発生した。

また、いわき市内では、この集中豪雨により、土砂崩れ又は家屋倒壊等によって重軽傷を負った被害者七名、全壊を含めて破損した家屋等四一棟、浸水家屋等二一六一棟を数え、そのほか、道路や河川設備等が損壊する被害が発生した。福島県は、前記集中豪雨についていわき市に対して災害救助法を適用することを決定した。

なお、本件丘陵部分には土留め設備等は設けられていなかったが、本件崩落事故の後、擁壁設置工事が実施された。

(二) 右認定事実によれば、本件崩落事故は、集中豪雨の結果として本件丘陵部分の地盤が緩んだことによって発生し、右集中豪雨は、稀にしか発生しない災害であったということができる。

しかし、前記のとおり、御幸山公園において発生した崩落箇所はその全体の一部にとどまること、本件丘陵部分は傾斜地であるにもかかわらず、これに接して駐車場が設けられていたことからすれば、本件丘陵部分に何らかの土留め設備が設けられていれば本件崩落事故は生じなかったとの可能性を否定し去ることはできない。そしてまた、前記認定事実によれば、本件丘陵部分の土砂崩れが始まってから本件車両に土砂が被さるまでの崩落の勢いはさほど急激なものとまではいえなかったことが推認され、そうだとすれば、被告従業員等が事態に迅速に対応していれば本件車両の損傷の被害を防止できたとの疑いがある。

そうすると、本件全証拠によるも、本件車両が損傷したことが不可抗力によるものとまで認められないから、被告は損害賠償の責任を免れない。

4 次に、補助参加人主張の過失相殺について検討すると、《証拠略》によれば、被告旅館では、宿泊客から預かった自動車の鍵に車両番号札を付けて、これを箱に入れ、フロントのカウンター内部に置いて保管していたこと及びフロントのカウンターは夜間にもシャッターなどが閉まったりせず、その横には夜警員が常駐する従業員用の部屋があることが認められる。

しかし、客の自動車の鍵を預かっている旅館経営者が、夜間、その鍵箱を従業員でない者が容易に知り得るような場所に置いておくことは、防犯上危険なものであることは明らかであるから、本件崩落事故の発生の際、原告須藤が前記カウンター内部に右鍵箱があることを知り得なかったため、鍵を入手することができなかったことについて責められるべき点があったとはいえない。また、前記のとおり、原告須藤は本件崩落事故のあった前日に被告旅館に到着したのであり、そのような者が、被告旅館に夜警員が常駐していることを知らず、フロントのそばの部屋に声をかけることを考え付かなかったとしても、これをもって過失があったとすることはできない。

よって、原告会社の被った損害について過失相殺をすべきとする補助参加人の主張は採用できない。

二  争点2(原告会社の損害)について

1 そこで、原告会社が本件車両の損傷によって被った損害額を検討する。

《証拠略》によれば、本件車両は、平成五年九月に初度登録を経て翌一〇月九日ころに納車されたものであること、原告会社は、本件車両を修理したが、右修理には八九万三六八七円を要し、そのうち保険免責分として三万円を自己負担したこと、原告会社では、平成五年一一月一七日に本件車両と同種の新車を購入したが、その際、販売店に本件車両を三四九万九〇〇〇円で下取りさせたこと、本件車両は、下取りされた時点で内装が汚れており、後部及び両側面の外装に傷があったこと、右販売店は本件車両の下取りに当たって、その基本価格を三九三万五〇〇〇円とし、車検及び自賠責保険の有効期間、走行距離、タイヤ及びホイールの状況を考慮して右基本価格に一九万七〇〇〇円を上乗せし、さらに右内外装の状況及び修復歴があることから六三万三〇〇〇円を減額して、前記下取価格を査定したこと、そのため、右基本価格と下取価格との間には四三万六〇〇〇円の差が生じたこと、そして、本件車両の右内装の汚れ及び外装の傷は本件崩落事故によって土砂が覆い被さったことによって生じたものであることが認められる。

右認定事実に基づいて考えれば、本件崩落事故との間に相当因果関係を有する原告会社の損害としては、本件車両の修理代自己負担分である三万円のほか、修復歴及び修理未了部分の存在する可能性に基づく評価額を認めるべきであり、評価損の価額は、右認定事実を総合してみると、五〇万円であると認めるのが相当である。

そうすると、原告会社に生じた損害は、五三万円となる。

2 なお、原告会社は、新車購入時に支払った自賠責保険料四万三八〇〇円も右損害に含まれると主張するが、前記認定のとおり、本件車両は、本件崩落事故時の時価よりも低額な代金八九万三六八七円をもって一応修理されているのであるから、経済的全損と評価することはできず、また、右程度の金額で修理が可能であったことからして、車体の本質的部分に重大な損傷が生じていたとも認められない。したがって、本件車両は、全損として買換えを相当とする状態であったとはいえないから、新車購入を前提とする原告会社の右主張は採用することができない。

三  争点3(本件転倒事故に関する被告の責任)について

1 《証拠略》によれば、本件転倒事故に至る経過及びその状況について、次の事実が認められる。

(一) 被告旅館は傾斜地に建っているため、その南側の玄関は二階部分にある(なお、同旅館の平面図は別紙のとおり。)。

いわき市では、前記のとおり、平成五年一一月一三日から翌一四日にかけて集中豪雨があり、被告旅館の南側及び東側にある御幸山公園の丘陵から被告旅館玄関前駐車場に向かって泥水が流れた。さらに、一四日午前六時ころ本件崩落事故が発生し、崩落した土砂に混じった雨水が大量に被告旅館の方向へ流れ、そのため、土砂によって排水溝が埋まった。

被告旅館二階の東側には機械室があるところ、土砂混じりの泥水が排水溝から溢れ、外部より約一三センチメートル高くなっている機械室の出入口から被告旅館内に流れ込んだ。右泥水は機械室床面を覆い、三センチメートルの段差を越えて廊下及びホール部分に流れ込み、その先の北側に位置する本件便所にまで至り、その浸水の高さは人の足首までに達した。

(二) 被告では、一四日午前六時四〇分ころから右二階部分の清掃を始め、廊下の排水詮から雨水を流した後、残った雨水をモップで拭いた。右作業には在館していた被告従業員約八〇名が動員され、午前一一時ころまでかかった。

(三) 本件便所の床については、タイルに残った水をタオルに含ませて除去し、さらに拭きとる作業が行われていたが、完全に乾いた状態にはならず、午前八時ころに右作業が終了した。本件便所入口には、立入りを禁止するような表示はなされていなかった。

(四) 原告須藤は、同日午前一一時ころ、従業員に場所を教えられて本件便所に用足しに行き、革靴のまま足を踏み入れたとたん、足を滑らせバランスを崩して床に膝をつき、その姿勢のまま前方に滑って、本件便所出入口から一・一八メートル前方にある手洗いの下に体ごと入り込んで止まった。その時、足が曲がり、左足首に全体重がかかるような姿勢になったため、左外くるぶしが骨折し、同時に腰を打撲した。

(五) なお、本件便所の床タイルは比較的暗い色調のものであったが、本件転倒事故の際、電灯が点いており、足元が十分見える明るさであった。

2(一) 右認定にかかる集中豪雨後の被告旅館内の浸水状況と清掃作業の内容、原告須藤の転倒状況、とりわけ、原告須藤が右便所内において転倒してから一メートル余り滑って前進しており、かなり異常な滑り方をしていること、右清掃作業が水を流して行ったものではないことからすれば、本件転倒事故の発生当時、本件便所の床には、屋外から流れ込んできた土砂まじりの泥水が多少残っていたものと推認される。

この点につき、《証拠略》によれば、被告代表者を含む被告関係者は、本件転倒事故後の原告須藤の着衣が特に泥等によって汚れている感じはなかったと述べているが、原告須藤の着衣が一見して明らかなほどに土砂で汚れていなかったとしても、そのことだけでは前記認定を左右するに至らないというべきである。

(二) 以上のところからすると、被告は、宿泊客に対し、泥水が浸水した後の本件便所の清掃管理につき、同所を利用しようとする者がすべって転倒することがないよう十分に清掃して泥水を除去し、又はこれが不十分な場合には当該場所に立ち入ってはならない旨の表示をすべき信義則上の安全配慮義務を負っていたというべきところ、それにもかかわらず、これを尽くさなかった結果、本件転倒事故を発生させたものといわなければならない。したがって、被告は、原告須藤が本件転倒事故によって被った後記損害を賠償すべき責任を免れない。

3 他方、《証拠略》によれば、原告須藤は通常の成人であり、被告旅館の二階部分に大量の土砂が流れ、それが本件便所内にも入り込んでいたことを知っていたことが認められ、これと前記認定事実を併せれば、本件便所内は十分な明るさがあった以上、原告須藤としては泥水がまだ便所の床面に残っているかもしれないことを予測した上、同所に立ち入るに当たって足元を注視し、自己の足の運びに注意しさえすれば、本件転倒事故の発生を未然に防止できたものと考えられる。しかるに、原告須藤は、床が汚れている可能性を全く考えず、足元に注意を払わないまま漫然と本件便所内に革靴で足を踏み入れたというのであるから、本件転倒事故の発生については、原告須藤にも過失があるといわなければならない。

そして、旅館などの便所の床面が往々にして水に濡れていることがあることをも併せ考えると、原告須藤の右過失は重大であるというべきであり、これまでに判示した被告の安全配慮義務違反の内容と本件転倒事故の状況等の諸事情によれば、原告須藤が被った後記損害について八割の過失相殺をするのが相当である。

四  争点4(原告須藤の損害)について

1 そこで、原告須藤の被った損害について検討すると、《証拠略》によれば、原告須藤は、本件転倒事故によって左外踝骨折及び腰部打撲を負い、その治療及びリハビリテーションのため、平成五年一一月一四日から同月二四日までのざわ整形外科に入院し、同月二五日から平成六年四月八日まで伊奈中央病院に入院し、同月九日から同年六月三〇日まで藤木治療院において通院治療を受けたこと、原告須藤は、右各病院に対し、松葉杖使用料、文書料及び入院費等を含む治療費として合計七七万四一三〇円を支払ったこと、さらに、原告須藤は、原告会社の代表取締役として会社の業務全般を取りしきって稼働していたところ、平成六年の給与収入は、本件受傷と治療のため、その前年に比し一二〇万円の減収となったことが認められる。

2 右認定事実、特に本件転倒事故の態様と受傷の部位、入通院期間等によれば、原告須藤が被った損害は次のとおりと認められる。

(一) 治療費 七七万四一三〇円

(二) 入院雑費 一八万九八〇〇円(日額一三〇〇円として一四六日分)

(三) 休業損害 一二〇万円

(四) 慰謝料 一七〇万円

3 以上によると、原告須藤の被った損害額は合計三八六万三九三〇円となるところ、前記三3の説示に従い、これについて八割の過失相殺を行うと、被告は、七七万二七八六円を賠償すべき責任がある。

第四  結論

以上の次第で、原告らの請求は、原告会社が被告に対し、損害賠償として金五三万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告須藤が被告に対し、損害賠償として金七七万二七八六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余については棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、九四条後段を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 安浪亮介 裁判官 山口倫代)

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